ネクタイの歴史
昨今、クールビズやカジュアル化が進み、社会全体として、その需要が落ちていると感じるネクタイ。
そもそもネクタイって何でするんでしょう。
考えてみたことありますか?
学生服からの延長で何となく…
ネクタイをしてないと、だらしないと思われるから…
こういった方がほとんどではないでしょうか。
スーツ離れが進む今、改めてネクタイの存在価値が問われています。
この記事では『ネクタイ』のルーツに迫り、どのようにして現代のファッションに根付いていったのかということについて、解説していきたいと思います。
結論から言うと、ネクタイのルーツとされるのは『クラヴァット』というクロアチア人が巻いていたスカーフが、時を超えて現在のネクタイの姿になったと言われています。
では、一体どのように変化していったのでしょうか。
この記事を読んで頂ければ、ネクタイの歴史を学べるだけでなく、ネクタイに対しての見方が変わり、つい巻きたくなってしまうことでしょう。
ネクタイって物凄くロマンがあるものなんですよ。
エリザベス女王とネクタイ
エリザベス女王の襟巻
現代でも、手術や怪我・皮膚病を患ったりした犬の体に薬を塗ったあと、その薬を舐めてしまわないように首にプラスチック製の大きな襟巻きをしますよね。
この器具を『エリザベス・カラー(Elzabethan collar)』と呼びます。この呼び名は、16世紀のエリザベス朝時代、衣服に用いられた襞襟(ひだえり)から来ています。
この襞襟は、16世紀〜17世紀に上流階級で流行した、首元にボリュームを出した襟の仕立て方の一つです。
そしてこの時代から、徐々に「首を人前でさらすのは下品である」という風潮が生まれ始めます。
当時のエリザベス女王は、非常にルックスに気を配る女王だったと言えますね。
ルイ13世とネクタイの祖先
クラヴァットの誕生
17世紀の三十年戦争時代——
ルイ13世の治世のためにフランスに派遣されたクロアチアのエリート騎兵隊。
彼らは、民族衣装の一環として、首に長いスカーフを巻いていました。
この、クロアチア人のスカーフに感銘を受けたルイ13世から、『クラヴァット』(クロアチア人のという意味が訛った言葉)として呼ばれ、フランス皇室関係者から欧州へ、ファッションとして広がっていったというのが有力な説とされています。
ネクタイの変遷
クラヴァットからフォーインハンドへ
一本の長い布を首に巻き付け、それを胸に垂らすという現代のネクタイは、よく考えると不思議なものですよね。
これは、19世紀のロンドンで生まれたものとされています。
19世紀のロンドンといえば、技術革新と産業の隆盛を極める大英帝国の首都。
紳士社交クラブの一つに『フォーインハンドクラブ』というクラブがあったと言われています。フォーインハンドというのは、四本の手綱を手にするという意味で、このクラブに集まっていたのは、馬車を乗り回して楽しむ若者たちでした。
このクラブのメンバー達が好んで締めたのが現在の形、結び下げのネクタイでフォーインハンド。これが由来して、ネクタイは英語で『 Four in hand 』と呼ぶわけです。
当然、この頃はこのフォーインハンドは上流階級から目の敵にされていましたが、クラヴァットのような手のかかる巻物ではなく、もう少し簡略化された巻物が、徐々に市民権を得ていったということが読み取れます。
そしてそれが現代では『最も保守的なスタイル』として定着しているのですから、ファッションのトレンドとは、本当に興味深いものです。
また別の意味では『首飾り』としての役割とも考えられます。首飾りは太古の時代から、その人の立場を表す意味合いや、呪術的な意味合いも込められていました。
現在の先住民族を見ても、首飾りは重要な役割があるように感じます。
そういった意味でも、ネクタイがここまで広がっていった理由が頷けるような気がしますね。
まとめ:ネクタイの歴史
- 首を人前でさらすのは下品とされていた
- ネクタイのルーツはクロアチア兵にあり
- フォーインハンドクラブからネクタイの物語が始まった
諸説ある内容ですが、とてもロマンを感じませんか?私は、こういったロマンのある話に非常に惹かれてしまいます。
本日はここまで。
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